1. ホーム
  2. 才教ダイアリー
  3. 2017年度
  4. ぼくは、おにいさん

才教ダイアリー

ぼくは、おにいさん

投稿日:2017.12.19

2年生の国語では、2学期の最後に「わたしは おねえさん」という物語を学習します。


 


お話の要点をつかみ、あらすじをまとめることがこの単元での学習の一つでしたので、子どもの書いた文章で、あらすじの紹介をさせていただきましょう。


 


  歌を作るのがすきな2年生のすみれちゃんと、2才の妹のかりんちゃんが出てくるお話です。すみれちゃんは、2年生はちょっぴりえらくて、やさしくて、がんばるものだと思っています。すみれちゃんは朝からしゅくだいをしようとしたけれど、外が気になって、教科書とノートを出しっぱなしにしたまま、コスモスの水やりに行ってしまいました。その間に、すみれちゃんのノートに、かりんちゃんがぐちゃぐちゃの絵をかいてしまい、もどってきたすみれちゃんは、それを見て、半分なきそうで、半分おこりそうになりました。だけど、だんだんその絵がかわいく見えてきて、絵をけさずに、次のページをひらきました。


 


初めてこの話を読んだとき、子どもたちは、


「落書きをしちゃうところが面白かったです。」


「すみれちゃんが『何よ、これ。』といった時に、かりんちゃんが『お花。』と答えたところが面白かったです。」


と、お話を楽しんでいる様子でした。


 


しかし、学習が進み、内容を読み深めるうちに少しずつ、お話の中の出来事と、自分の経験や感情を重ねるようになりました。


 


どうして、かりんちゃんはノートに絵を描いたりしたのだろう?


どうして、すみれちゃんは、かりんちゃんの絵をけさなかったのだろう?


 


はじめは不思議にも思わなかった細かい描写にも疑問を持ち始め、最後には、自分なりの答えを持つようになりました。


まとめとして「わたしは おねえさん」を学習した感想を書かせてみました。


 


・すみれちゃんがぐちゃぐちゃの絵をけさなかったのは、その絵がかわいく見えてきたからです。ぼくは、その絵がかわいく見えたのは、かりんちゃんが自分のためにかいた絵かもしれないと思ったからだと思います。すみれちゃんがコスモスに水をやってるのを見て、かりんちゃんはコスモスの絵をかいたと思います。


  


・ぼくは、はじめ読んだとき、たのしいお話だと思いました。だけど今は、すみれちゃんみたいに、ちょっとおにいさんにならないといけないなと思います。かりんちゃんはきっと、すみれちゃんが学校から帰って、しゅくだいをやっているのを見て、まねをしているんだと思います。すみれちゃんは、かりんちゃんのかいた絵をけさなかったけど、ぼくだったら、かんかんにおこって、ぜんぶけしてしまったかもしれません。ぼくは、やさしくて、わすれものをしないおにいさんでいたいけど、おとうとをおこってしまったり、わすれものをしてしまったり、おにいさんから少しずれてしまうことがあります。きっと、この先もそういうことがあるかなと思うけど、目ひょうにむかってがんばります。こんどけんかになってしまったら、ぼくが「ごめんね。」を言って、なかなおりをしたいです。


 


主人公のすみれちゃんと同じように、みんなにも「こうありたい」という自分の姿があるようです。


しかし、まだまだ2年生。思うように自分をコントロールできない時だってあります。


だけど、「こうありたい」という思いを持ち続け、時々、ほんの少しだけ立ち止まってみて、


相手の気持ちを想像することができたら、「おにいさん・おねえさん」に近づくことができるはず。物語を通して、決意を新たにした2年生でした。


 


2年2組担任