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才教ダイアリー2021

国語の授業より④ ~中学校3年生・後編~

投稿日:2021.09.27

国語科担当・6学年担当


「故郷」の批評 その3

 この作品は『希望』とは何かということを問い掛けている。希望を持つことが難しくなった社会の中で、主人公は多くの絶望に直面しながらも、最後には希望についての答えを導き出し始める。

 この作品では、その過程においての情景や主人公の心情が細かく描かれている。そうすることで主人公の胸中の虚しさや時代に対する絶望、そして微かな希望も上手く表現されている。主に描かれているのは、私とルントウの過去と現在の関係性についてだ。大人になったルントウに対して、主人公は何を望んでいたのか。子どもの頃のような無邪気なルントウに会いたかったのだろうか。結果として主人公は、昔とは似ても似つかない『でくのぼう』のようなルントウと再会し、大きなショックを受ける。まるでルントウの変わりぶりを批判しているようにも読めた。確かにルントウは変わった。しかし、主人公も同じように変わってしまったのではないだろうか。辛い時代の中で変わった多くの人達と同じように。

 作中(とかつての現実の中国)で、辛い生活や貧困を強いられてきた人々は、疲れ切り、少なくとも昔よりも悪い感じに変わってしまったように見える。私は、そのような描写に絶望しながらも、どうしたら昔のままで居られたのだろうかと考えた。他人のものを奪わずに互いに助け合っていたら、もっと気持ちに余裕を持てていたら、正解は分からないけれど、何か他の道があったのかもしれない。そして、それは主人公も同じだったと思う。

 最後に主人公は、次の世代に主人公たちとは違う未来が来ることに希望を抱いた。この希望は叶いにくい。しかし、主人公は、希望は道のようなものだと言っている。『叶うように行動すべきこと』が筆者にとっての希望なのではないだろうか。

 この作品の主題である「希望とは何か」という問いは、現在の社会でも必要だと思う。ただでさえ暗いニュースが飛び交う日々に、近年には新型コロナウィルスが加わり、希望を失いかけている人も多い筈だ。しかし、『希望はあるものともないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。歩く人が多ければ、それが道となるのだ。』筆者が言うように、ただ待つだけではなく、自ら希望を探し、見つけていくことも大切なのかもしれない。


*******


 いかがだったでしょうか。

 現代で生きる我々(大人)が読んでも、はっと胸を突かれるような文章を、魯迅の作品を読んだ若者が書いています。国と民衆の幸福を目指して戦い続けた魯迅のように希望を追い求め、そして魯迅の願ったような未来を過ごせる社会の中で若者が成長していけることを、今後も切に願っています。


『やまなし』『故郷』は、青空文庫などでも無料で手軽に読むことができます。

ぜひ読んでみて、子ども達の意見と自分の考えを較べてみてください。


①小学校6年生・前編

②小学校6年生・後編

③中学校3年生・前編

④中学校3年生・後編

国語の授業より③ ~中学校3年生・前編~

投稿日:2021.09.27

国語科担当・6学年担当


 小・中学校課程の最終学年である9年生(中学3年生)では、中国清朝~中華人民共和国の時代を革命の中で戦い続け、国と民衆を動かしてきた、魯迅(ろじん)作の中国文学、「故郷」の単元に取り組んでいます。これも、全ての出版社の教科書にずっと掲載されている作品です。「やまなし」とは別ベクトルで非常に難しい小説で、恐らくこれを読んで「おもしろい!」と感じられる人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

 当時の時代背景や本文そのものの学習をじっくりと行った上で、この作品について『批評文』を書く活動を行いました。ただ批判すれば良いというわけではなく、今よく言われている『批判的思考(クリティカル・シンキング)』を意識しつつも、作品のことを十分に理解した上で、その価値や特性、現代社会との繋がりを語る活動です。さすが最高学年ともなると、9年間培ってきた文章力、思考力が如何なく発揮され、早い生徒は15分ほどで素晴らしい批評文を書き上げることができ、驚きました。長くなりますが、3名分をピックアップして、全文を掲載します。


「故郷」の批評 その1

 この作品の価値は、この作品を読んだ人々に行動を起こさせる、ということにある。当時の荒れ果てた中国を立て直すために、民衆を動かすほどの力を持った作品だと言える。

 この物語はとても情景描写が細かい。現実の「鉛色の空」や回想の「紺碧の空」との対比など、詳しく述べることで、読者自身の昔の情景をも思い出させ、理想とする世界との対比もしやすくしている。また、登場人物の行動等も細かい。特にヤンおばさんは、物を盗んでいった時の走り方などの様子も細かく描かれている。ヤンおばさんの行動は良くないように思われるが、それが当たり前の光景となっていた当時の読者層に、皮肉に滑稽にその姿を知らせている。

 魯迅は、これを小説として書くことで、民衆に客観的な視点を持ってもらい、自分達の生活を見直すことを薦めたと思われる。知識が無くても誰でも読めるように工夫して書いている。途中に出てくる「チャー(穴熊)」等の長い長い描写は、私には物語の重要な鍵とは思えないが、より身近な現実味を持たせたかったのではないだろうか。

 現在も、問題がそこらじゅうに転がっている。中国だけではなく日本、世界には、解決しなければならない紛争、格差、環境問題などがある。しかし、私たちは目を背けているように感じる。この世界を魯迅が見たら、どう思うか? 我々に現実を見て、自分たちで解決することを促すだろう。物語にもあるように、自分たちで道を作ることが必要であると思う。希望を持って、自分たちで変えていかなくてはならない。


「故郷」の批評 その2

 この作品の主な登場人物、「私」とルントウとヤンおばさんには、大きな壁が生まれていた。「私」が幼い頃は、故郷はとても美しく、晴々として未来に希望を持てる描写となっていた。しかし、大人になってからの描写では、悪化する社会の状況や、お金等への欲望にまみれて、広い視野が失われていっている。私は、主人公の行動も、ルントウやヤンおばさんとの関係に「壁」ができるきっかけとなったのではないかと感じた。「私」の行動は、ヤンおばさんを「コンパス」と心の中で呼び、わざと自分とヤンおばさんの間に距離を作ったり、「でくのぼう」のようになってしまったルントウを見て残念な反応をしたりしている。美しい過去にすがりついていたとも言える。「私」が「壁」を超える努力をしたり、もっと頻繁に故郷と関わりを持ったりするべきだったのではないだろうか。

 この作品のキーワードである「希望」は、手の届きにくいところにあるが、希望に頼ったり、持ったりすることで、皆が幸せに向かえる大切なものだと感じた。そして何より、そうして皆が一緒の方に向かい、今を変えようと行動をすることが重要だと私は思った。今、世界ではあらゆる場所で、小さな誤解や偏見から生まれた争いが起きている。私は、皆でもっと視野を広げ、団結し、世界を変えようと努力することが大切だと思う。


①小学校6年生・前編

②小学校6年生・後編

③中学校3年生・前編

④中学校3年生・後編

国語の授業より② ~小学校6年生・後編~

投稿日:2021.09.27

国語科担当・6学年担当


 初見で、賢治が大の石好きだったことに何となく気付けていたり、多彩な表現のよさ・描写や展開の謎に踏み込んでいたり、幻灯・五月・十二月という大事な要素とその不思議な雰囲気にも目を向けていたりと、今後の授業の幅が広がる感想がたくさんありました。


 以下は、その後に少し予備知識を入れてから取り組んだ、気になって仕方のなかった「クラムボン」についての考察です。仲間とも交流しながら、考えとその根拠を言葉にまとめていきました。


◆クラムボンは、太陽のことだと思います。その理由は、かにの視点から魚が上にいる時は『死んで』いて、魚がどこかに行ったらすぐにまた「笑って」いるからです。遮られたりまた照らされたり。その直後に「日光の黄金」についての表現が続いているのも理由です。


◆クラムボンは、プランクトンなどの微生物のことかもしれません。「魚がお口を輪のように円く」してきて食べられてしまったり、1匹だけではなくたくさんいるのでまた笑っていたり......死んだり、笑ったり、魚に取られてしまったり、それを悪いことと言っていたりします。


◆クラムボンというのは、かに達でいうところの「泡」だと思う。泡が生まれたり、水面へ行って消えたりといったことを「笑った」「死んだ」などと表現しているのでは? 「かぷかぷ」は泡の音。5月にしか言っていないので、語彙力が無くてそう表したのでは? 父も言っていない。かに兄弟の泡の比べ合いのシーンがある意味にも繋がると思う。


◆クラムボンは、『クラム』は、英語で貝という単語だから、貝に関係した何かだと考えられます。かぷかぷという擬音語も、二枚貝だとしっくりくる気がします。


◆クラムボンは、かに達やイーハトーブの空想の生き物のことで、特に正体は無いと思います。兄と弟が、それで言葉遊びをしていて、弟は結局「知らない」と言っているような流れ? 兄が「知らない」と答えている? どちらが何を言っているか分からないように書いている。


◆クラムボンは、かに達の母か、他の兄弟姉妹のことだと考えました。なんで死んだのか、どこに行ったのかよく分かっていない感じがします。「こわいところ」の話も、子ども達にはよく理解できていませんでした。配布された「永訣の朝」で出てくる、賢治の死んだ妹を重ね合わせているのかもしれません。


◆クラムボンは、『生きる』『死ぬ』ことのイメージ?のようなものだと思う。5月は生き物の目覚めや誕生をイメージするけれど、ここでは『死』のイメージの方が強く感じた。魚がカワセミに食べられてしまったり、白いかばの花が散っていたり......やまなしの実が落ちてきて、そのうち腐るところも何か関係していそうに思う。


 描写や情景にはしっかりと目を向けながらも、一人ひとりがしっかりと意見を持っていますね。この単元での授業は、もう少し続けます。これから、更に文章を読み解いて、どう学びが深まっていくのかとても楽しみです。


①小学校6年生・前編

②小学校6年生・後編

③中学校3年生・前編

④中学校3年生・後編

国語の授業より① ~小学校6年生・前編~

投稿日:2021.09.27

国語科担当・6学年担当


※宮沢賢治著『やまなし』、魯迅著『故郷』をお読み頂くと、子ども達の考えに一層近付けます。

※「国語の授業より」は、全4回でお届けします。

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 国語の教科書に掲載されている単元は、時代と共にブラッシュアップされていきます。しかし、核となる単元は30年も40年も変わらず掲載され続けています。小学校では『おてがみ』『スイミー』『ちいちゃんのかげおくり』、中学校では『少年の日の思い出』『走れメロス』『盆土産』など......大人の方々の記憶の片隅に残っているお話もあると思います。


 さて、小学校課程の最終学年である6年生は現在、宮沢賢治の「やまなし」の単元に取り組んでいます。クラムボンは笑ったよ、といえば、誰もが思い出す話かと思います。おそらく9年間を通して、最も「よく分からない物語」なのではないでしょうか。


 クラムボンって何? なぜやまなし?

 実は賢治自身、『注文の多い料理店』の序文などで、【これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。】と語っています。

 現代っ子からはそれに対して、「答えがないんじゃ、考えても意味が無いのでは?」「『それってあなたの感想ですよね』って言われてしまいます!」といった反応も返ってきましたが、この単元はSTEAMでいうところの『Art』的な感性に近いものだと感じています。人間にできて、AIにできないこと、としても『決まった答えのない中で考える、想像する力』は注目されています。答えがないことを楽しむ、という前提で、最初に読んでみての感想を書いてもらいました。


◆幻灯や水銀、黄金などの表現がとても美しくて、物語を読んでいるような、詩を読んでいるような、不思議な感じでおもしろいなと思いました。鉱石の名前などがたくさん出てきて、賢治は石が好きだったのかな、と思いました。最後まで読んでも、宮沢賢治は結局何を言いたかったのかと、よく分からないままでした。


◆この作品は、カニから見た情景で表されていました。そして波の動きなどを、言葉だけでどこまで表せるか頑張っていると思いました。意味がよく分からない言葉の中で、「やまなし」「かわせみ」などハッキリした言葉も出てきている中で、バランスが取れているように感じました。わざと分からないようにまどろっこしく書いているようでスゴイです。他の人がクラムボンをどう思っているかも聞いてみたいです。


◆クラムボンが何なのか気になりました。このお話の全てが「幻灯」の中を文章にしたものというところが宮沢賢治らしいと思いました。五月・十二月それぞれの時の場面を詳しく書いてあり、情景を想像しやすかったです。ちょっと「不気味」な話に感じました。魚が何を『取っている』のか気になりました。やまなし、水晶のつぶ、金雲母のかけらなどを見てみたいです。何だか話が途中で切れているような感じがして、その後のことが気になってしまいました。


①小学校6年生・前編

②小学校6年生・後編

③中学校3年生・前編

④中学校3年生・後編

栽培育成の始まり

投稿日:2021.09.21

 小学2年生の担任を受け持ち、中学生に技術科を教えている私。

 ある日、中学2年生の授業に向かおうと教室を出ようとすると、

「先生、いってらっしゃい! 今日は何を教えますか?」

 私は、次のように答えました。

「土を使わずに野菜を育てる方法、ですよ。」

 すると、一同騒然!

「え、それで育つんですか? 本当に本当ですか??」

「なんで、なんで? どうして?」

 興味をかき立てられた2年生は、矢継ぎ早にさらに質問を浴びせてきます。1学期にプランターに土を入れて野菜を育てたみんなには、私の答えがとても意外なものだったのでしょう。

 場を落ち着かせ、教室を後にした私の耳に届いたのは、ワクワクでいっぱいのつぶやきでした。

「中学生ってすごいな。早く大きくなって、やってみたいな。」



 いざ中学生の授業で「水耕栽培」の説明をすると、2年生ほど驚きはしませんでしたが、興味深い様子を隠すことなく、しっかり話を聞いてくれていました。

(6歳差のリアクションの違いがなんだかおもしろく、思いがけず楽しい経験をさせてもらいました。)


 さて、水耕栽培にメリットが多いことはみなさんも知っているかと思います。

 土壌作りをしなくて良い、病気になりにくい、害虫の影響を受けにくい、成長の管理がしやすい、短時間で収穫できる、などがあります。天候にあまり左右されることなく、広くない場所でも大量生産ができ、1年を通して安定した収穫が可能な水耕栽培は、今後一層増えていく栽培方法のひとつだー―と思い、授業に取り入れています。

 初回の授業では、培地となるスポンジの切れ込みにリーフレタスの種を1粒ずつまきました。

 水に浸した種と浸さなかった種で発芽の様式はどう変わるか、という対照実験用の準備も進めながら、スポンジに水を吸わせてこの日の作業は終了です。

 ときに相談しあって種まきにいそしむ中学生から聞こえてきた、訝しげなつぶやき。

「これで本当に育つの...?」


 11月には収穫を楽しめるよう、しっかり観察し成長を見守っていきます。


小学校2年2組担任・中学校技術科担当

スポンジの切れ目にレタスの種を入れています

スポンジに水を含ませています

対照実験用の準備も協力して行いました

2年3組、クラスのため学校のために「ゴミ拾い」

投稿日:2021.09.17

 コロナの影響を受け、たくさんの学校行事が延期もしくは中止になっています。2年生が生活科で行っていた廃品でおもちゃを作って売る『さいきょう商店街』も延期となりました。夏休みに何個も商品を作り、さいきょう商店街でそれを売ることを楽しみにしていた子ども達は、本当に残念そうです。しかし、自分のためでなく周りの大事な人に感染させないために、みんなで我慢の時だと思って感染予防に努め、その中でも楽しいことを見つけながら過ごしています。


 少し前のこと、私が学級活動の時間に「さいきょう商店街が延期になったのは残念だけれど、みんなでできる"何かいいこと"を見つけませんか。この1時間の中でクラスのためにできること、学校のためにできることはないですか。」と聞くと、子ども達から良い意見がたくさん出ました。

「けがをした人を助ける。」

「落ちているものを拾ってあげる。」

「ゴミ拾いをする。」


 よい意見が出たので、ゴミ拾いをすることになりました。その時点で授業の残り時間は20分ほどになっていましたが、できる範囲でゴミ拾いをしました。

 校舎の周りを歩くと、どこから飛んできたのかわからないようなものが落ちていました。わずかな時間でしたが、たくさんのゴミを拾うことができました。図らずもいろいろなものに触れてしまったので、しっかり手洗いと消毒をして教室に戻りました。

 その日の掃除は、みんないつもより更に真剣に取り組んでいました。


 その後、子ども達に感想を聞いてみました。

「どうしてゴミを捨てるのかを知りたくなりました。」

「どうせ捨てるならゴミ箱に入れればいいと思いました。」

「捨てた人ではなく他の人が拾うことになるから、とても迷惑だと思いました。」

「ゴミが川に入ると魚が困るから捨てない方がいいし、道路とかに落ちていると歩くのに邪魔になるし、何もいいことがないと思いました。」


 みだりにゴミを捨ててはいけないことは誰でもわかっていますが、「どうして平気で捨てるのか理解できない」というような発言もあって、嬉しい驚きでした。自分の不利益だけでなく環境のことも考え、果ては魚やカメやクジラのことを心配する子ども達のやさしさに感心しました。

 最後に、私から、こうしたゴミが増えないようにするには、みんなが捨てないこと、周りの人にゴミを捨てないよう発信し続けることが大切だと話をしました。


 子どもたちには、学校でも社会に出ても、人のことを考えずゴミを捨てるような自分本位な人間にならないように、周りの人の気持ちや行動を考えられる人になってほしいです。


2年3組担任

草の多いところにもさっと分け入る

フェンス際も、ゴミがないか丁寧に見ていました

「友だちや先生に伝えたい」17のこと

投稿日:2021.09.15

 1学期の終盤、6年生は、国語「私たちにできること」という単元と「先達に学ぶ発表会(※1)」をコラボさせ、自分が伝えたいことをテーマにプレゼンし、その良さや内容を相手に提案することも含めた学習を行いました。

 3学期のプレゼンテーションコンテストを見越し、端末の操作(パワーポイント)を取り入れ、自分の課題に応じた発表をするところまでを企画。準備段階として、家で調べたり学校のパソコン室で調べたりしながら資料を用意しました。そうやって生徒たちが熱心に調べたことをクラスで発表したのですが、どれも個性を生かした内容でとても盛り上がりました。やはり「自分が伝えたいこと」となると、生徒たちの熱量も違ってくるものです。


 では、テーマを紹介します。タイトルにある「17」は、6年2組の生徒数からとったもの。全員分を紹介したいのですが、一部抜粋とさせていただきます。


 自分の言動・相手の気持ち 

クラスの実態をもとに、みんなで言葉の大切さを考えることができました。道徳の授業にできるような内容であり、グラフの作り方も勉強になりました。

 プラモデルの魅力 

この分野について初めて聞く人も興味を持てるような工夫があり楽しい内容でした。写真の効果的な使い方は、プレゼンの方法として学べるものでした。

 声優から考える自分の見方 

有名人の生き方に自分が参考にしたいことをつなげ、「コンプレックスを夢に変える」というメッセージで希望が持てる発表でした。最初に、話す内容を「目次」として出したことも効果的でした。

 イモリの秘密 

今年飼い始めたイモリのことをまとめました。何を調べようかと困っていたところ、生活記録から見つけたテーマです。身近なものを題材にする面白さを感じました。


 そして、生徒たちの振り返りには次のような記述が。

「みんなの発表の仕方やスライドの作り方が上手だったので、参考にしたい。」

「とても勉強になる発表ですごかった。」

「写真の出し方、パワーポイントの使い方がよかった。」

 友達の様子から自分の発表に生かそうとする内容が多くみられ、うれしくなりました。


 先日、6学年が5月に行った「全国学力学習状況調査」の結果を配布しました。結果は長野県や全国と比べるととても良いものでありました。私自身、先日研修をする機会があり、「全国学力学習状況調査」の問題作成や結果分析に携わった先生の話を聞くと、「小学生段階から資料を活用して発表したり、自分の考えをまとめたりする経験を積み重ねることで、話す力はもちろん、様々な問題に対応する力も磨かれていく」と話してくださいました。授業の中で、このような取り組みを続けていく後押しをしていただきました。


 2学期になり、1人1台のiPadを持ち始めた生徒たちはいろいろな機能に興味津々です。使い方次第で無限の可能性が広がるメディア機器ですが、使い方を誤ると逆効果になってしまう怖さもあります。21世紀型スキルを育むSTEAM教育の要素の1つであり、これからの時代を担う子どもたちにとって大事なメディアリテラシー。ここにiPadをどう活用させられるか、メディアとの関わり方についてしっかり学んでほしいと思います。


6年2組担任


※1 先達に学ぶ発表会・・・ことわざや歴史上の人物にまつわるエピソードを調べ、各クラス内で毎日1人ずつ日替わりで発表を行う。

※2 各画像は掲載にあたり一部加工しています。

テーマ「メダカ」

テーマ「絶滅危惧種」

みんなのスライドは壁に掲示しました (※2)

英会話って楽しい!!

投稿日:2021.09.14

 才教学園の5年生から9年生までの生徒たちは、ほぼ毎週、各自のiPadを使いネパールの先生方とのオンライン英会話の授業をおこなっています。授業ではいつも、生徒たちの弾んだ話し声や楽しそうな笑い声が広がっています。

 1回約20分の授業の中で、前半の10分間はお互いの国の天気や、朝や昼に食べたもの、趣味の話など直近の話題に花を咲かせています。英語に関して少々わからないことがあっても、生徒たちは身振り手振りで表現しようとしたり、ノートに伝えたい事柄の絵を描いて画面に写したりと、自分の力で先生に伝えようと頑張っています。一定期間は先生と生徒のペアを固定しているため、お互いに対する信頼感が増し、話題の統一感もはかることができます。

 後半の10分間では、通常授業で学習した教科書の内容に関する話題から会話を膨らませたり、英文の音読をしたりしています。終了時間になると、生徒たちはそれぞれの先生方と挨拶を交わし、惜しむように通話を切ります。

 授業後、私は「今日も楽しそうだったね。どんな話をしていたの?」と生徒たちに話しかけてみるのですが、そうすると、「とても楽しかった!」「先週末に見た映画の話をしました!」などの答えが返ってきます。

 以前の才教ダイアリー(7月27日付)でも英語科教員がオンライン英会話に触れていましたが、生徒たちの積極性や英会話スキルが徐々に身についてきていること、そして何より英会話を楽しんでいることを、私自身も実感しています。今後の生徒たちの更なる成長が楽しみでなりません。


 そういえば7月のダイアリーでは、1学期終了後、ネパールの先生方が担当の生徒一人一人に対して送って下さった温かいメッセージも紹介されていました。

 夏休みを挟んでしまいましたが、2学期初回の授業でこれを生徒たちに配ったところ、とても嬉しそうに読んでいました。このような温かく楽しい交流が続けられていることを、とてもありがたく思います。


英語科担当

7年生①

7年生②

8年生 画面越しにノートを見せたりしています

特別展示開催中! 6・7年生の美術作品

投稿日:2021.09.13

 9月1日より2階ロビーにて、6・7年生の図工・美術作品の特別展示を始めました。 この展示には、才教学園ならではの設備とSTEAM教育の実践が生かされています。


 6年生の展示作品は、立体工作「光の塔」。素材は、掃除で役立つメラミンスポンジです。身近なメラミンスポンジを使った工作は初めての体験でしたが、与えられた数々の条件をクリアし、制作上の困難も乗り越え、同じものが2つとない多様な作品が生み出されました。

 今回は、全員の作品をLEDライトテープの上に乗せ、学校にある大きな合わせ鏡の中で鑑賞するようにしました。鏡の中の白い塔は無限に増殖し、まるで草間彌生さんのふしぎなアート作品のようです。作品の設置後、休み時間には1年生から9年生まで多くの皆さんが鑑賞に来てくれ、好評を博しています。


 7年生の展示は、「名画のワインボトル」というものです。これは名画の模写を通し、アクリル絵の具を使うことに慣れながら、画家の制作意図を感じ取ることを目指す学習から生まれました。

 制作の初めは、6年生で習った算数の「比」の学習を活用。原画と同じ縦横比を計算し、正確に下書きすることから始めました。今回、ボトルラベルとして展示したのは、様々なところで目にする商品ラベルの「伝える工夫」に気づいてもらうためでもありました。きっとこれから7年生は、商品ラベルにある絵柄やデザインに気を留めて見てくれることでしょう。

 保護者の皆様には空きビンの準備にご協力いただき、ありがとうございました。


 今回の作品は、生徒だけでなく保護者の皆様にも見ていただきたかったのですが、9月に予定していた授業参観は全学年で中止となってしまい、本当に残念です。

 作品を持ち帰ったのちは、ぜひ玄関や居間などに飾ってご覧いただければ嬉しいです。


6・7年 図工・美術担当

6年生の「光の塔」を合わせ鏡で

7年生「名画のワインボトル」

みんなで力を合わせよう!

投稿日:2021.09.03

 1学期のⅠ期(小学校1~4年生)の体育は、「みんなで力を合わせる」ことを目標の一つにして取り組みました。

 体育祭をはじめ、体づくりのための運動やチームスポーツなど、みんなで取り組む内容が多くなっています。


 私が担当している3・4年生は、5月の体育祭の後、キックベースの授業を行いました。

 特に3年生にとっては、学年全体で初めての本格的なチームスポーツへの挑戦です。キックベースの基本ルールを覚えることからスタートし、誰がリーダーをやるか、どうやったら上手にプレーすることができるのか、意見が食い違ったらどうしたらいいか・・・など、各チームに発生したいろいろな課題を一つずつ解決していくのですが、その主役は、まぎれもなく子どもたち。

 4年生は昨年度、3年生のときにも同じ内容で取り組んでいたため、導入はとてもスムーズでした。個々のスキルアップはもちろん、チーム内での役割を理解し、いざ試合!というときに各ポジションでどう動けば失点を防ぐことができるか・・・など、レベルの上がった課題を話し合いによって徐々に解決していきます。


 とは言うものの、どちらの学年でもすんなりとは事が運ばないこともありました。チーム内での話し合いが、やや強気の言い合いになってしまったり、時にはちょっとしたけんかに発展したりするチームが目につきました。

 しかし、子どもたちは少し時間と距離を置いて、自分たちで再度話し合いを試みたり、先生の力を借りながら話の落としどころを見つけたりと、みんなで前向きに課題解決に向かう姿勢を見せるようになっていました。


 体育といえば、第一に「体を鍛える授業」であるというイメージが強いのですが、実はコミュニケーションの力やチームワークが大きく育つ授業でもあります。

 本校が今年度より導入したSTEAM教育は、21世紀型スキルの習得を目的としています。その21世紀型スキルの中で、「Communication(コミュニケーション)」、「Leadership&Responsibility(リーダーシップと責任感」、「Social Skills(社会性スキル)」といった力は、体育の授業でどんどん伸びていく可能性があると、私は思っています。しかし、こうしたものは1人で行動して身につくものではありません。だから、みんなの力を合わせる必要があるのです。

 これからの社会を生きる子どもたちにとって大切な力を、学びの中で育てていきたいです。


体育科主任